
街の名称は、1565年の大包囲戦(The Great Siege)時の聖ヨハネ騎士団総長ジャン・パリゾ・デ・ラ・ヴァレッテに由来します。
ヴァレッタの街は、それ自体が一つの大きな岩山をなすシベラス(Sceberras)半島に、大包囲戦の翌年、1566年5月28日に着工されました。近代城塞都市のさきがけとして構築され、1571年に、首都の機能が移されたことにより、一応の完成みたことになっていますが、その後も何度か、補強もおこなわれています。
マルタ騎士団としてもひろく知られる聖ヨハネ騎士団は、200年余のあいだ、ヴァレッタを根拠に、マルタの黄金時代を築きました。その繁栄の名残は、現在でも、ヴァレッタの城内に色濃く残っています。
今日のヴァレッタは、現マルタ共和国の首都であるとともに、その成り立ちと歴史のユニークさと、黄金時代の名残から、街全体がユネスコの「世界遺産」となっています。
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国際会議などで利用される地中海コンファレンスセンターは、もともとは聖ヨハネ騎士団の病院で、病室として造られたものとしては、世界一の、長さ155メートルのホールを持ちます。このホールは、現在、展示場などとして利用されています。また、「The Knights Hospitallers」という、おもにこの施設の地下を利用した騎士団に関する展示もやってます。
入場料はLm1.40。マルタ・エクスペリエンスは、先史から現代までのマルタの歴史を、約45分で上演する映像ショー。マルタに関する基礎知識の導入にぴったりです。ヘッドフォンを通じてのアナウンスには、日本語もあります。
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ヨーロッパで最古の部類にはいる劇場。
ロイヤル・オペラハウスが建てられたあと、一時この劇場は廃れていましたが、先の大戦で、ロイヤル・オペラハウスが破壊されたため、ふたたびこの劇場でのオペラや演劇の上演がなされるようになり、今日にいたっています。
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中世から現代にいたるまでの作品を収蔵展示するとともに、騎士団の遺物などで、美術的価値のあるものも展示しています。
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市門をくぐりヴァレッタの城内にはいると、すぐ右手に、廃虚が見えます。
これが「第二次大包囲戦(Second Great Siege)」の際の空爆で破壊された、ロイヤル・オペラハウスの跡で、戦後も再建されることなく、戦争のメモリアルとして、無残な姿を今日もとどめています。
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もとは、カスティリア、レオン、ポルトガルからの騎士の館であった建物です。
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中央地中海通信/坂田 真