エリア情報/スリーシティーズ近辺


☆★☆ スリーシティーズ / Three Cities ☆★☆

ヴィットリオーザ(VITTORIOSA)、セングレア(SENGLEA)、コスピークア(COSPICUA)の三つの街から成るのでこう呼ばれます。1571年に、ヴァレッタに本拠がうつるまで、マルタにおける聖ヨハネ騎士団の拠点でした。

ヴァレッタから見たセングレア

ヴィットリオザの岸壁映画のロケなどにも使われています。

ヴットリオザの聖アンジェロ砦(Fort St.Angelo)の城壁

セングレアから見たヴィットリオザ。
『ヴィットリオザ』とは、大包囲戦の勝利にちなんでつけりられた名前で、もともとはビルグ(Birgu)という名前でしたし、現在もこの名で呼ばれることが多いです。
ビルグとは、「海の砦」「島」という意味で、騎士団がマルタに入る前から、ここには小さな砦がありました。


☆★☆ カルカラの日本海軍戦没者の墓 ☆★☆

第一次大戦当時、「日英同盟」の名のもとに、英国は日本に地中海への艦隊の派遣を請いました
それに応えるために第二特務艦隊が編成派遣され、地中海水域で、連合国艦船の護衛や、航路の援護をおこないました。
第二特務艦隊の六十余名の戦病死者が、スリーシティーズの西の端にある、カルカラ(KALKARA)という街にあるお墓に祀られてます。

昭和天皇は、皇太子時代の1921年にお参りされて以来、常にこのお墓のことを気にかけていらっしゃったそうです。

近頃では、日本人旅行者のお参りも増えたようです。

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日本海軍戦没者の墓への行き方

ヴァレッタより4バスに乗ってください。
バスの乗務員か、周りの乗客に、カルカラのサントゥ・ロック通り(TRIQ SANTU ROKKU)とサン・レオナルド通り(TRIQ SAN LEONALDU)の交わるところにある「外人墓地(「海軍墓地」ともいう)」に行きたい旨を、あらかじめ伝えておくといいでしょう。



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中央地中海通信/坂田 真