カタコンベとは、パレスティナの地のユダヤ教徒の発案による地下墓所で、キリスト教発祥のころより、キリスト教徒にとりいれられ、初期キリスト教の伝播とともに各地にひろまっています。 ラバトの地下には、発見されているだけで、3平方キロにもわたるカタコンベがあります。
ちなみに、マルタでは「カタコム」と発音されるようです。
現在、ラバトで発見されているなかで最大、ということは、マルタ最大のカタコンベです。 主カタコンベと、ユダヤ人のカタコンベ(Jewish Catacomb)と、第三カタコンベ(Catacomb No.3)でなりたっています。 公開されているのは、主カタコンベですが、ユダヤ人のカタコムと、第三カタコムの入り口も、閉ざされているわけではありません。内部に照明がないだけです。
カルタゴ支配のころにカルタゴ人の墳墓として掘られはじめ、紀元1世紀から4世紀にかけて、おもにキリスト教徒の墓所として発展し、8世紀ごろまで使われました。
地下何層にもわたり掘られています。 平均の深さは4.5メートル、最も深いところは5.4メートルです。
縦横に走る細い通路に沿って、多くの墓室が並びます。その数は主カタコンベだけで900以上。
聖パウロのカタコンベにならぶ、ラバトの代表的カタコンベ。 迫害を逃れてマルタに渡った聖アガサが、隠れ住んだとのつたえられています。 ここも、カルタゴの墳墓、ユダヤ教徒のカタコンベがありますが、公開されているのは、キリスト教徒のカタコンベのみです。
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